東京高等裁判所 昭和56年(う)2147号 判決
所論は、要するに、被告人の原判示行為に対しては住民基本台帳法四四条を適用し行政罰たる過料に処すべきであるのに、刑法一五七条一項、一五八条一項・一五七条一項を適用した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがある、というのである。
しかしながら、公務員が職務上作成する文書であつて、権利、義務に関するある事実を証明する効力を有する文書は、刑法一五七条一項にいう「権利、義務ニ関スル公正証書」であり、住民基本台帳法に基づく住民票の原本は、同条項にいう「権利、義務ニ関スル公正証書ノ原本」に当たると解するのを相当とするところ(最高裁昭和四六年(あ)第二六九六号、同四八年三月一五日第一小法廷決定・刑集二七巻二号一一五頁参照)、原判決の認定した被告人の所為は、住民基本台帳法七条所定の住民票の記載事項中室井七五三の「住所」に関し、同人が転居(一の市町村の区域内において住所を変更すること。)をした事実がないのに、転居した旨内容虚偽の同法二三条による住民異動届を所轄町役場の吏員に提出し、情を知らない同吏員をして住民基本台帳の住民票の原本にその旨不実の記載をさせたうえ、これを同所に備え付けさせて行使したというのであるから、右が刑法一五七条一項、一五八条一項・一五七条一項所定の各犯罪を構成することは明らかであるといわなければならない。そして、このような場合、住民基本台帳法四四条一項所定の罰則の適用が排除されるものであることは、同条の規定のなかに「他の法令の規定により刑を科すべき場合を除き」との明文が設けられていることに徴しても明白である。所論は、住民票の記載事項のうち国籍を偽るような重大な事案と本件のような比較的軽微な事案とを区別し、前者に対しては刑事罰をもつて臨むことはやむをえないとしても、後者については行政罰によるべきもので、このように解しなければ、虚偽の届出をするとすべて刑事罰に該当し、同法四四条に該当する事案は存在しないことになるので、これでは同条を設けた趣旨が全く没却されることになるし、また、世上稀なこととはいえない些細な虚偽の届出に対しすべて刑事罰をもつて臨むことは酷に過ぎる旨主張するけれども、刑法犯成立の有無は、その行為の犯罪構成要件該当性を刑法独自の観点から判定すれば足りるのであつて、前記「他の法令の規定により刑を科すべき場合を除き」との文言は、この当然の理を規定した趣旨と解され、所論のようにその行為の違法性の程度や犯情いかんによつて犯罪の成否を決すべきものではない。ちなみに、住民票中法定の記載事項でない事項などに関し虚偽の届出をしたような場合には住民基本台帳法四四条一項の罰則が適用されるわけであるから、上記のように解したからといつて、右罰則に該当する事案が存在しないことになるとする所論の当たらないことも明らかである。原判決に法令適用の誤りはなく、論旨は理由がない。